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第3回 公設民営は「多様な学び」に適した形態 偏りがあると、助けたい子どもを救えない

スマイルファクトリー 代表理事 白井 智子さん

NPO法人トイボックス スマイルファクトリー 代表理事 白井 智子さん

スマイルファクトリーは、2003年に大阪府池田市から委託を受けた全国初の公設民営型フリースクール。活動は、市内の公共施設「山の家」を拠点に、通所、家庭訪問を合わせて常時100名近い生徒に対応しており、その他、地域の不登校、発達障がい等の教育相談では昨年度だけでも8千件を超えた。

運営母体となるNPO法人トイボックスは、フリースクールのほか、東日本大震災の被災地で様々な課題を抱える子どもたちの生活訓練や学習支援を担う「みなみそうまラーニングセンター」、ダウン症児のエンターテイメント活動と自立支援を行う「ラブジャンクス」等の事業も行う。

代表理事を務める白井智子さんは、4歳から8歳までオーストラリアで教育を受け、帰国後、子どもの個性をマイナスにとらえる日本の教育に違和感を覚えた。東大卒業後、松下政経塾へ入塾し、教育改革を研究。

1999年には、沖縄でフリースクール創設に携わり、その活動は大きな注目を浴びた。多様な教育の必要性を自ら体験し、実践してきた白井さんが、現在のフリースクールをめぐる状況をどのように捉えているのか。そして、公設民営による支援の意義について話を聞いた。

行政との関係性が明確になることでスムーズな運営が期待できる

新しい法案(注1)によって、フリースクールへの行政介入の懸念や、これまで独自に行ってきた教育の多様性がどこまで保障されるのかといった議論は確かにあります。でも、私たちのように公設民営で運営しているケースでは、むしろ期待の方が大きいです。どちらかと言えば、これまではフリースクール側から行政や関係機関にアプローチをかけて連携を繋いできた経緯がありました。法律によって各機関の責務が明確になり、そうした連携がスムーズになるのであれば、これほどありがたい話はないです。

スマイルファクトリーも12年活動を続けてきましたが、これまで池田市から特別な干渉やプレッシャーを受けたと感じたことは一度もありません。もちろん、お互いの信頼関係を築いたうえでの話ですが、その点で活動に対する行政の理解にはとても恵まれていたと思います。利用している生徒もほぼ100%が在籍校から出席扱いを認められている。行政との連携があったからこそ、地域の学校の理解も格段に広がりました。

保護者が作成する「個別学習計画」に関しても、法案ではフリースクール等関係機関の助言が認められるかたちになっていると聞いています。ここで、例えば「学習指導要領に沿った学習」をすべての子どもに押し付けるかたちになれば、再び子どもが潰れてしまうことへの懸念は行政も理解しているはず、と私自身は解釈しています。その中で、多様性との整合性をどう考えていくか。私たちの場合、独自の学習指導要領のような「学力チェック」を行ってきました。生活の中で獲得すべき最低限の内容をチェックし、足りない部分を補うといった形式です。同時に個々に合わせた「オーダーメイド」のカリキュラムを作成して、特性に合わせた個別学習を用意しています。

こうして積み上げてきたものが全国的に広がるのであれば、この法案の意義は大きいです。もちろん法案は最低限の内容を求めている段階ですから、ここから一足飛びにすべてが解決していくわけではない。でも、その第一歩としての大事な要素は抑えられるのではと私は感じています。

ただ、こんな話が出る前に、もっと公設民営の場をつくっておけたらよかったと正直後悔もしているんです。実際に誘致のお話はいくつもありましたが、運営できるだけの財政的な余裕がなかった。そんな中でやっとひとつスタートできたのが福島の「みなみそうまラーニングセンター」(注2)ですが、これは100%寄付金で支えられている事業です。財政的に支えられるシステムがない限り、こうした活動は広がっていかない。子どもたちを支援するには、始めるだけでなく持続可能な経営が大切な要素です。

(注1)「義務教育の段階に相当する普通教育の多様な機会の確保に関する法律案」(2015年9月時点)
フリースクール等や家庭学習など、学校外での義務教育を認める制度で、馳浩文部科学大臣(提案時は衆議院議員)が中心となり、超党派による議員連盟で成立を目指している。制度の根拠は、保護者が作成する「個別学習計画」を市町村教育委員会が認定するしくみ(11月13日付の「朝日新聞」報道では、市町村教委が作成する「個別支援方針」、保護者が作成する「学習方針」の2つのしくみが報じられている)。

(注2)みなみそうまラーニングセンター「ふみだす未来の教室」
東日本大震災や原発事故で被災した福島県南相馬市で、発達障害をもつ幼児から小学生、中学生を対象に、学習支援や心理ケア、社会スキルトレーニングなどを行う。企業、団体、市民の寄付により、利用者は無料で施設を利用できる。

TEL:0244-26-6836
住所:福島県南相馬市原町区錦町1-125
火曜日〜金曜日 10時〜18時/土曜日 7時半〜18時

「納得して」通える選択肢を増やす学習は自立できる「必要最低限」を

こうした法案が認められると、「みんながフリースクールへ行きたがる」といった議論が必ず起こります。私たちも開設したときは、まるで「ハーメルンの笛吹き」のように言われました。でも、そんな単純な話では決してありません。ここへ通う子どもたちがどんな困難を抱えて来ているのか。それは子どもたち自身が百も承知なのですが、なぜか大人のほうが単純化して考えすぎてしまう。

例えば、だいぶ前になりますが、教育調査に行ったオランダでは、進学校からオルタナティブな学校まで多様に学びの場が存在していました。子どもたちはそれぞれ通いたい場を選択できる。もし行きたい学校が遠方にあったとしても、その交通費を国が援助するくらいの徹底ぶり。しかし、そこまでやっても、結局は大多数の方が一番近所の学校を選んでいました。なぜなら、そのほうがコミュニティの中で子どもが育つし、地域とのつながりもできるから。だけど、そこが合わず別の学校へ行くことも決して否定されない。これがオランダでは自然の流れでした。そう考えると「合わないのに通わなければいけない」状態は、生徒にも先生にも不幸です。だからこそ、選択肢が増えていく意義は大きいんです。

まだまだフリースクールは少数派で、「自分たちで勝手にやっている」といったイメージを持たれている。しかし、私たちは、むしろ既存の教育の中で変えずに大事に残さないといけない部分を補う存在であるべきと思っています。無論、今の学習内容すべてを押し付けるかたちでは、個性がデコボコの子たちを再び潰してしまいかねない。そこで「本当に残さなければいけないもの」を精選しつつ、「できなくてもなんとか生きていけるもの」は自然と削ぎ落とさざるをえない。そして最後に残ったのが結局「読み・書き・そろばん」だったんですね。字が読めず、お金の計算ができなかったら、社会生活に影響が出るだけでなく、自己肯定感まで失われてしまう。学習とコミュニケーションにおいて「必要最低限」なことをしっかり学び、あとは社会に出たときに役立てられるように、それぞれが得意なことを一緒に探していくスタイルで子どもたちの自立を支援しています。

選択が可能になることにより、保護者と学校のミスマッチも少なくなると考えています。私たちにも独自の方針やルールがありますが、それによって保護者からクレーム等を受けたことはほとんどありません。もちろん、方針に合わなければ初めから入学しようと思わないわけで、見学もし、体験もした上で、選んで通ってきているということが大きいと思います。子どもにとっても、自分が選択した場所にルールがあること、ここに通い続けるためにルールや法令を守らなければいけないという状況は、自分と向き合うための機会になる。スマイルファクトリーに通い続けるためには、人を傷つけたりする行動は改めていかなければいけない。だから逃げずに自分とスタッフと向き合う。しかし、既存の学校では、好きで通っているわけではない、無理をさせられていると感じている生徒もいる。そうした状況で先生と子どもとが真剣に向き合うことはとても難しいと感じます。

「偏らない」からすべての親子に寄り添える教育の理想を体現できる公設民営の意義

フリースクールを運営していると、どうしても「特定の思想の人たち」といったイメージが貼られてしまいます。でも、本当に助けなければいけない子どもたちは、様々な考え方の家庭で育っている。どこで育とうと子どもに責任はありません。そこで、私は「私自身の思想で学校をやらない」という考え方で運営を続けてきました。子どもはやはり親の思想のもとで育つ。そこで、親の考え方と私たちの考え方にズレが生じてしまったら子どもを救えない。どんな思想であろうと、私たち自身も親御さんの考え方に寄り添い、理解するしか方法はないんです。だから、私たちは「子どもも親も元気になること」を目標に掲げています。そして、それに適した形態が「公設民営」でした。私たちが一定の思想に偏っていたら、当然、市議会からチェックが入るし、運営も続けられない。また、偏らないからこそ、生徒への対応も自然と多様になります。そして、それは「いろんな子がいていい」「どんな子でも受け入れられる」というメッセージにもなり、自分のままでいられた上で学びが保障されていくかたちになる。公設民営である以上、こうした理想を体現し続けなければならない。

ただ、課題として、現在、無料で利用できるのが市内のご家庭に限られています。ですから市外のご家庭の多くが池田市へ引っ越してくるんですね。すると、私たちの責任もフリースクールだけでは収まりきらなくなる。引っ越してくるご家庭の周辺環境の整備も含めた支援も必要になってくるのです。つまり、「街づくり」ですね。トイボックスの事業の一つに「キャンプロジェクト」というものがありますが、これは指定管理制度を利用した公設民営の形態で、各機関と連携しながらイベントなどを運営し、まちづくりをサポートする取組みです。こうした形で池田市でも子どもを支えるための事業の形態が広がり、現在は、廃校を活用した乳児からお年寄りまですべての世代に居場所を提供できるワンストップサービスの場づくりが検討されています。そこで子ども若者支援団体や各機関が連携して知恵を出し合っていく。後々、そこが就労支援の場にもなっていけば、社会で自立し、納税者として地域に貢献できる人材を育てられます。もしこれが実現できれば全国的にも先進的な事例になるといわれています。

子どもが変わっても、場が育つ

今、スタッフは常勤・非常勤合わせて約20名いますが、それ以上に運営はボランティアの方々に支えられています。大学の先生が「生徒のために」と農地を借りてきてくれて農業実習をさせてくれたり、「研修講師に来ていただいた御礼に」と、個人的な立場でヨットセーリングの無料体験を提供してくれる方がいたりと、様々な善意を受けています。また、ここ数年は某大手進学情報会社の若手社員の方々が進路情報を持って、生徒の進路相談を受けてくれ、保護者には進路講演会を開いてくれる。長く活動を続けていると、こうした支援が周囲からどんどん広がっていくのが、本当にありがたことです。

不思議なのですが、12年も続けていると、子どもたちはローテーションでメンバーが入れ替わっていくのに、場が育っていくんですね。以前なら難しいと判断していたことができるようになる。最近初めてダンスの授業を行ったのですが、昔ならハードルが高すぎてできなかった。今はテレビ取材が入るような場面でも、みんな恥ずかしがらずに踊っています。これは「安心感」がつくり出しているものなのだと思います。ここなら失敗しても恥をかかされない。嫌な思いをしたり、いじめられることもない。そうした安心感を、子どもたちはこの場から感じ取っているのだと思います。

プロフィール

白井 智子(しらい ともこ)
4歳から8歳までシドニーで過ごす。1995年3月東京大学法学部卒業。1995年松下政経塾に入塾。教育改革をテーマに、国内外の教育現場を巡る。1999年、沖縄でのフリースクールの立ち上げに参加。2年半、校長を務める。2002年10月、スマイルファクトリーを立ち上げ、大阪での教育活動を開始。2003年6月、池田市からの要請でNPO法人トイボックスの立ち上げに参加、代表理事を務める。これまで、文部科学省 中央教育審議会 青少年の体験活動の推進の在り方に関する部会委員、内閣府「新しい公共」推進会議委員を歴任し、現在は「フリースクール等に関する検討会議」委員を務める。


子どもが変わっても、場が育つ

オーストラリアから帰国後、日本の教育に違和感を抱きながらも、自ら「過剰適応」と話す性格ゆえ、進学コースをひた走った白井さん。しかし、「自分は周囲に適応できたけど、適応できずにドロップアウトしていった友人が何人もいた。みんな絵が上手かったり、性格が良かったりするのに、誰もその部分に目を向けてあげていなかった」と振り返る。


子どもが変わっても、場が育つ

帰りのミーティングでは、生徒・スタッフが、仲間の良かった行動やされて嬉しかった出来事について名前を挙げて報告し合う。強制ではないが、発言はほぼ途切れることなく、たくさんの子どもやスタッフが何かしらの「良かった行動」を発表し、「今学期のMVP」も表彰される。「勉強ができる、スポーツができるも偉いけど、ここで一番大事なのは“人のために頑張れる、親切にできる”こと。それを無意識に意識するための機会」と白井さん。


「フリースクール等に関する検討会議」
平成26年7月の教育再生実行会議第五次提言を受け、「フリースクール等で学ぶ子供たちの現状を踏まえ、学校外での学習の制度上の位置付けや、子どもたちへの支援策の在り方について検討を行う」とし、同年11月に文部科学省としては初となる「全国フリースクール等フォーラム」を開催。以後、これまでに5回の有識者会議が行われている。同会議は今後平成28年春を目途に審議経過報告、28年度中に最終まとめを行うとしている。

【検討委員】五十音順/敬称略
生田義久(前京都市教育委員会教育長)、植山起佐子(CPCOM 臨床心理士コラボオフィス目黒 臨床心理士)、奥地圭子(NPO法人東京シューレ理事長・NPO法人フリースクール全国ネットワーク代表理事)、加治佐哲也(兵庫教育大学学長)、金井剛(横浜市こども青少年局児童相談所統括担当部長・中央児童相談所長 児童精神科医)、菊地敬一郎(仙台市適応指導センター「児遊の杜」所長)、品川裕香(教育ジャーナリスト)、白井智子(NPO法人トイボックス代表理事・スマイルファクトリー校長)、永井順國(政策研究大学院大学客員教授)、友野晃(福岡県教育庁理事)、西野博之(NPO法人フリースペースたまりば理事長・川崎市子ども夢パーク所長・フリースペースえん代表)、宮澤和徳(長野県辰野町教育委員会教育長)、武藤啓司(NPO法人楠の木学園理事長)、横井葉子(上智大学総合人間科学部社会福祉学科助教・スクールソーシャルワーカー)


【School Data】

NPO法人トイボックス スマイルファクトリー
〒563-0029 大阪府池田市五月丘5-3-18(池田市立「山の家」)
TEL:072-751-1145
HP:http://www.npotoybox.jp/toybox/

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